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異榻同夢(いとうどうむ)の友よ / 2015年4月11日~
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ある年の春、小さいキツツキ(多分 コゲラ)が
家の前でドラミングをしていた
キツツキが クチバシで叩きまくるのは、
珍しいことじゃないけど
そのキツツキは金物ばかりを選んで叩いていた
電柱の突起物とか、カーブミラーの天辺だとか
面白かったので、それらしい音がするたびに私は、
外に飛び出して行って、その様子を見た
早朝の野鳥の打楽器演奏
最高に面白かったのだが、老婆心が出た。
(ちょっと変わりすぎてない?)
(嫁さん見つかるの?)
キンキンキンキン、カンカンカンカン……
聞えなくなってしばらく経ったある日
私が道を歩いてたら、
「コンコンコン」
音のする方を見たら、カーブミラーと桜の木があって、
桜の枝には2羽のキツツキがいた
つがい?
(あ、嫁さんみつけたのね……)
この世は修行のためにある訳じゃない。
草も鳥も唄ってるよ
だから君も、姉に遠慮せず幸せになって良いんだからね
あのコゲラ君のように、幸せになっておくれ
お前の両親を見ろ、遣りたい放題やって
今じゃまるで、善良な小市民
散々 毒を撒き散らして、まるで子どものまま古希に突入。
毒を引き受けたアタシは腹が黒くなっちゃったけど
見ろよ お前の兄を、遣りたい放題やって
都会で蛾のように暮らしていたのが
会社の移転に伴って、長野県に転居だとさ。
まるで疎開。
うまく遣りやがったな~?
多分、そうじゃない。
アタシ達が迂闊だったの。
遊びがないと 人生が苦しくなってしまうのだと思う。
遊びを罪悪のように思い込んで育ったアタシの真似をすることはない。
お前は 遊ぶ方法を 幾つも知ってるでしょ?
アタシは たとえマボロシでも、会えてうれしい人がいたので幸せ。
願わくば 腹黒いのを解消したいけど。……
何故 こんなサイト作ったのか?
最初は、メモ用紙の代用品として。
Uさんに お礼の言葉を書いて 渡した紙のように、
Hさんに お礼の言葉を書いて 渡すため。
口で言えば 済んでしまうことだけど、
電話の受発信を請け負う職場だった。
電話が途切れないときは、挨拶もできない。
Uさんへの言葉は 紙に書いて渡せたけど、
Hさんへの言葉は 紙に書く気になれなかった。
『岩須さんとHさんには 気を遣え』と、部長に言われてたからだと思う。
それで、飴玉みたいな記憶媒体(USB)を渡すことにした。
これなら 第三者が拾ったとしても、
(ウイルス感染を恐れ)捨てられるのが落ちで、後腐れがなかろう。
その飴玉もどき(記憶媒体)の先に用意したのが、このブログだった
1度読まれたら役目は終わる。(読まれずに終わる可能性もあるが)
後は 電脳空間のゴミになるだけ、のはずだった。
でも、作るのに手間がかかったせいか?
1回限りの「使い捨て」にするのが惜しくなった。
…別の用途で使えるかもしれない
…使っちまえ
依存症の改善には、助言・質問・批判無用の「言いっ放し、聞きっ放し」の
当事者同士のミーティングが有効だ。
ここには 質問する人も、説教する人も、指図する人もいない。
他者が書き込むことは まず無いので「聞き(読み)っぱなし」はできないが、
「言いっぱなし」ならできる。
自傷行為に依存する自分の治療に、役立つかもしれない
カウンセラーとして成功したい友の 資源になりうるかもしれない
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池谷直士さんに、かつて言われたことがある
『あなたには私と同じ役目がある』のだと
『リトマス紙のようなもので、楽じゃないけど』
『あなたを大切にした人や場所は、他者にとっても良い人や場所で、発展する』
敬愛するコミュニティー・リーダーの池谷直士さんの言葉
実績のある池谷さんには、確信があるのだろう。
だけど私には、
この世の誰よりダメ人間でいたがる心の癖があったから、
せっかく戴いた言葉を、腹を括るきっかけにできなかった。
試験紙で振り落とされた人の末路を、自分に重ねていた。
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岩須さんも宮さんもHさんも、悪人じゃないことは分かった。
でも、人を追い詰めたり、場を救い難いものに変えてしまうのは、
たいてい悪人じゃなく、無邪気で無自覚な 善人の無関心じゃない?
Hさんには、
「この大嘘つき!!」て思ったことがあったけど、
挨拶しなくても、
パートのお嬢様方に頼りにされ、愛されてるみたいだったから、
自分に嘘ついてても、平気で暮らしていられるのでしょう(多分)
与えられた才能を 出し惜しみしていたとしても、
それを嘆く権利は 他人(私)にはない
忘れよう。