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ナミダカラ・ホシダカラ

異榻同夢(いとうどうむ)の友よ / 2015年4月11日~

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弁護士に叱られた

・若い人からの コンタクトであったこと。
(互いの 学びになるだろうと思った)
・断わったら初日の幕が開かないかもしれない…と思った。
(私が渋ったら、おそらく沢山の人が困ると感じた)
・かてて加えて、テーマが「受難」だった。

それで【引用】には快く 応じた。

あくまでも引用であって、
コラージュの「素材」のように、貼り付けられては堪らない。

既に古典となった(数世紀を経た)作品を扱うように、
自由自在に料理していいという許可でもない。
(共著では、ないのだから)
 
終始一貫、重苦しいムードの芝居では、
娯楽にならないだろうし、
 
お客に笑って帰ってほしい気持ちは、
分からなくはない。

だけど、私は
深々と傷ついた(自分の文章が使われた本を読んで)。

初演はもう始まっているので、仕方ないけど、
今のままの台本で、
万が一にも再演や戯曲の販売は、絶対に認められない。

ということを、弁護士に相談に行ったら、
延々と お説教をされた。

『戯曲に【引用】って、そもそも あり得ないことでしょうが!』
『あり得ないことを許可した、あなたの責任でしょう!』
『初日の前々日に、承諾を求めてくる時点で駄目でょう、許可しちゃ!』
『内容も確認せず許可したから、自由に使って良いと思われたのでは?』

私が辛い気持ちを話したので、
弁護士さんは、それを真剣に聴いてくれた が故に、
解決策を提示できないことに、腹を立てていたみたいだ。

私(依頼者)の初期対応が、 ぬるくて 甘くて、
著作権に明るくない法律家としては、救いようがなく、
依頼者を なじるが如き、
怒りが ほとばしるという情動に 相成ったと思われる。

専門家が逆上して、クライアントを傷つけることがあるのは、
こういう カラクリが あるからだと、よーく分かった気がする。

30分という時間の中で、
狭い机を挟んで、対面して話したことで
学ぶことができた。
 ( ……と 同時に、ものすごーく疲れた)






 
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言葉ひとつで景色が変わる?!

昔 見たアニメーションの
2つの場面が 忘れられない

ひとつは、植木の剪定をしていた 植木屋さんの姿
脚立の天辺に腰かけ、大きな鋏を動かしていた。

もうひとつのは、
その男と妻の、若い日の 出会いの情景

たまたま列車に乗り合わせた2人は、
向かい合って座り、車窓からは熱海の海が見えた。

教養ある お嬢さんは、
熱海と言えば、「金色夜叉」の 舞台だと、
寛一、お宮の悲恋(尾崎紅葉の小説)を 問わず語り。

それを聞いた青年(学生服姿)は、
突然、怒り出す。

目の前にいる娘と、お宮を混同して、
突き飛ばす勢いで、

「お金に目がくらんで、恋人を捨てるなんて最低なのだ!」と 怒鳴り、
列車を降りてしまう。

夜の浜辺で、青年が坐り込み 涙ぐんでいると、
お嬢さんがやってきて、囁く

「あなたって、そそっかしいのね」
「私を お宮さんと勘違いして、本気で怒るなんて」
「でも そんな あなたを、好きになってしまったみたい」 とかなんとか。

子どもには衝撃的だったけど、
原作がギャグ漫画(天才バカボン)だったこともあり、
何でもありの世界のこととして、私の記憶に刻まれた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


昔 聞いたラジオの
寸劇が忘れられない


主人公は、キシタニ・ゴロウ(本人)
毎回 メグミ・トシアキ演じる女に惚れられる。 

「俺は キシタニゴロー、役者莫迦」と 言って登場
「ゴローちゃん!」と 女の子に慕われ、いい雰囲気になるのだが、…

女の子が、うっかり「結婚して!」と 迫ると、

結婚恐怖症の主人公に、手討ちにされる。

ゴルゴ13のように、人の命を奪っておきながら、

「俺は キシタニゴロー、役者莫迦」
という 主人公の 気取った台詞で、 話が終わる。

回を重ねるごとに、ゴロウの病は悪化して、

女の子が「結婚」という言葉を口にしただけで、
反射的に発砲したり、水に沈めてしまう。

しまいには、女の子が「け」と 言ったとたんに、

『バーン』と 銃殺してた。

そんな酷いドラマが、私を笑顔にしてくれた。
不幸な結婚の犠牲になる 悲惨な子どもを生み出さない 闇のヒーロー

…だったから(?)かもしれない。










心に棲んでる美玉菌?

ミシマ・ユキオ の 全集の中の
随筆と戯曲と白黒写真を、
精神の食糧にしてた頃があった。

剽窃(ひょうせつ)という言葉は、
彼の本で教わった。

ミシマや ダザイの言葉が、
何故、私の中で、血肉になっているかというと、
彼等の美学(含羞あり)に、心を射抜かれたからだろう。

人工知能の普及によって、
コピー&ペーストが、たやすい世の中になった。

引用するときは、出典を明記し、
自分の紡いだ文章と区別するために、印をつけるものと思う。

事前に了解を取っていて、出典を明らかにしていても、
客観的に見たときに、

借りてきた文章が、
あたかも自分の創作物のような体裁になっていたら、
剽窃の誹りは免れない、と私は思うのですが、

ミスター・ミシマは、
どう思われますか?











か?

伝家の宝刀(愚行権)

インターネット寺院(自殺防止サイト)から、派生したブログに、
宇井かおりさんの歌詞を載せたときの、
著作権使用料は年間1200円くらいで、
ジャスラックのロゴと一緒に表示することを指示された。

広告収入(アフィリエイト)など、一切無しでやっていたから、
赤字もいいところ。
でも、きちんとしたかった。
面倒くさくても、アーチストに敬意を払い、誠意を尽くしたくて。

自分の雑文が引用される?
そんな立場になったとき、
それが台本(お芝居)に使われるということを、奇妙に思った。

換骨奪胎?
…じゃないだろう。

先方は、
『引用』と言っているのだ。

想像できない。危険だ。
『脚本家は、原作小説をズタズタにする』なんて噂も聞く。

発表(公開)前に、内容をチェックできない
(何故なら近日公開だから)…て、それは、先方の都合。

責任とれるのか?
自分の意にそぐわない使われ方をしたときに、
どうする自分?
ギャンブルだぞ、分かってるのか?

賭けてみました。

約半月が過ぎ、本を読ませて戴き、
自分は、交通事故に遭ったような衝撃に遭いました。
(※ 事故は何度か遣っている、ほとんどが軽車両の自損事故で流血)

「引用」というか、
『切り貼り』という印象を受けた。
 
文化放送さんの「大竹まこと ゴールデンラジオ」の、
「ゴールデン ヒストリー」という看板コーナーを、
勝手に文字起こししたものが、そのまま使われているが、

あれは、放送作家さんが大変だからと、
1度は 終わったコーナーで、
関係者の 決意と覚悟で 復活したものです。
取材対象者と 作家さんに、許可をとったのかな?

(私は許可をとっておりません)
(申し訳ないけど)
(営利目的じゃない、ただの日記のようなつもりでしたから)

あと、叔母とか姪とかの関係、…そのままじゃなかったら、
ぼやかされていたら、叔母にも見せられた?
(彼女は舞台が好きらしい。出るもの見るのも)

自己評価が低すぎる者は、春をひさぐことすら不可能。
それが現実。

本のなかでは、
ゲテモノ風俗嬢(子どもがいる?)が、毒を吐いていたみたい。

不条理な劇には 耐性があるから(別役 実さんの本で)…
何とか踏みとどまったが(そうとは言えない?)
正視に堪えない、というのが第一印象。

読み直して、若者向けなのだと納得。
人生の秋~冬を生きている知人・友人は、観たいと思うだろうか?
老いを意識しながら暮らす人が 見る物語としては、激辛のような気がする。

にもかかわらず、元博徒の先生とか、
元職業訓練校の先生や 同窓生、古い友人たちにも、
一斉メールで「その公演の案内」を配信した自分。

お時間と財布に 余裕が おありでしたら、
観覧して、若い表現者を応援して下さい。
などと書いて。

ちょっと、振り切れちゃったからさ。
心の地震計の針が。

瞬間的に発狂して、
メールを撒いたような気がする。

でも、たまには 良いと思うの。
この程度の愚行権の行使は。へへへ

ふはははははは
このブログは、フィクションです。

楽しみだなー
狂気を 解放&浄化する かも しれない世界。

本と私は、利害関係なしだから、
無責任に楽しもう。

体調を整えようではないか、
客席で眠ったりしないように。
 
 





 
 




夢が荒野を疾走中

【ガックリ】と『がっかり』
似た言葉だけど、
まったく別の意味で、自分は使ってる。

【ガックリ】は、よく使う。
状況は厳しいけど、誰も責められないとき、
身体の力を抜き、頭の凝りをほぐすために。

『がっかり』は、恥じ入る感覚。
人に対して使うことは、ありえないと自分は思っている。

予測や計算を、間違えたときに感じるのが、
『がっかり』だから。

誰かに対して、
計算とか予測とか、出来るのか? 
していいのか?
…自分にはできない。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

メール・アドレス だけじゃなく、
Telephone number も、
改めて伝えていたと思う。

それは、あなたに対して、
いつでも Door を開ける用意がありますという 私の、
決意の表明でした。

チラシ1000枚配って、徒労に終わることもあり、
名刺100枚配って、何も得られないことも、
飛び込み営業して、断わられ続けたこともあった。(元 金融業者)

だから自分は、報われないことに慣れ過ぎて、
鈍感になっているかもしれない。

繊細な人の心は、分からなくなっている気がする。
その場に自分がいるだけで、傷つく人さえいるかもしれない。

大好きな先輩から紹介された縁談を、
『サメみたいな女で危険ですから』と、
断わってしまったこともある。

でも 保希さん、
あなたとは、心を許して付き合えると思ったのです。
恐れ(自分は危険だという意識)を抱えながらも。


メールは嫌い。
手間と時間がかかる割に、思うように伝わらないから。
そのような趣旨のことを、あなたから 言われたのは2度目。

自分も、
直接 会って、五感を使って会話することが、最善だと思います。

でも、なかなか 会えない以上、
電話とか 手紙とか、電子メールで 繋いでおこうとするのが、
次善の策なのでは?

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自分で発する言葉に、縛られちゃうこともあります。
お分かりとは思いますが、
 
【電子メール】なんかじゃ、どうせ伝わらない。
そういう気持ちが 強くて 深くて、
確固たる信念になっているなら、仕方ないですけど、…

コンピュータを介した言葉でも、
人の心に響くことが 稀には あるので、
自分としては 味方にしたい道具です。

誤解が生じやすいという欠点は、確かにあるけど、
感謝して使うと、それなりに応えてくれるような気がするのです。

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直せるものは直し、日本で売れない物は外国に送り届ける。
そういう廃品回収システム、あればいいのに、

そう思っていたら、
生もの・古い電気製品・医療機器・本・剥製・下着を除き、
違法なもの以外は、何でも買い取る方針でやっている、
そんな会社が あるのですね。 →  エコリング
(昔、自分が困ったときに 家財を売ってた、という人が 社長さん)