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異榻同夢(いとうどうむ)の友よ / 2015年4月11日~
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来年の今頃は、違う所で過ごしている筈の
あなたの健康を祈ります
移動が決定事項なら、移動先で
あなたが幸福に過ごしている未来を信じるとします
探し物は、あると思って
楽しみながら探していますか?
あなたは 自分が愛の塊であることを 隠せない人だと思う、
だから、大きな期待をされたり、
大問題を抱えた人に頼られる確率が、高いような気がする。
護身術をしっかり身につけて下さいませね。
人は、支えあったり補いあったりして、
何とか形を保つことができる 社会的な動物だと思うけど、
片方だけが、もたれかかったり(逆に、背負ったり)、
相手の寛容さにつけ込んで 甘えたり(逆に、依存させるほど溺愛したり)、
そんなの続けてたら、健康じゃいられなくなる。
だけど、人の「扶助の精神」というか、「役立ちたい」本能を、
『期待に応えたい』気持ちにすり替えて、人から判断力を奪い、
自分たちだけが面白おかしく暮らすための、家畜や奴隷として使う。
そんな悪巧みが、進行中ですよね ww
人の痛みが想像できないサイコパスが徒党を組んで、
社会の仕組みを作る側に居座ると、国が傾きますよね。
マスコミは、人に夢を見せてくれる需要の大きなビジネスだけど、
明治時代からサイコパス集団(戦争屋)に加担して、
子ども用の戦争双六まで作り、人々を扇動してたのを恥と思ってない。
だからまた、同じことが、繰り返されていますよね。
奴隷でなく、サイコパス集団の手下でもなく、
健康な心と身体をもった人間として、生きたいものです。
アラノンという会(アルコール依存症者の家族の会)
とても勉強になったけど、どうしても馴染めませんでした私。
何故か?
機能不全の家庭で育った、アダルトチルドレンの会だからでしょう。
私は、かつてアドラー心理学に親しみを覚えた人間で、
(今はそれを疑っているけど)
アダルトチルドレンという概念に対する違和感は、若い頃から変わらない。
アダルトチルドレンを自認して、安心して前向きになれた人に対しては、
良かったですねとしか思わないけど。
機能不全家族とか アダルトチルドレンとか、
そういう言葉を自然なことのように論ずる人には、私は与しない。
機能不全じゃない家族って何さ?
運が良いだけで、偉い訳じゃないでしょ?
助け合うとか、支え合うのが デフォルト(コンピュータでいう基本動作)な社会なら、
機能不全な家を放置したり、孤立させたままにしないと思う。
それを、その家だけの問題みたいにして、
標準的な家などという、ありもしないものを、あると思い込ませる思想が嫌い。
しかもそれを、個人の責任に帰着させようという 胡散くささには 我慢できない。
…何を言いたいのか 分からなくなってきた。
私は聴きたい、
ホマレさんの話を。
今度(1度)断酒会のように、
言いっ放し、聴きっ放しのデート(?!)してみませんか。
タイマーセットして、3分ずつとか、15分ずつとか 交替で話すの。
聴くときは、質問しない、助言しない、感想も言わないの。
(無言で頷くのは有り)
話すときに、前の人の話から連想したことを話すのは有りだけど、
前の人の話を批判するのは無しで。
治療のための会合じゃないから、
タイマーをOFFしたら、質問や感想を言うのもありってことで。
何故こんなこと言うかって?
言いたいこと たくさんあると思うから。
私は たくさん聴きたい。
けど、
あなたは サービス精神が旺盛な上に、職業柄、まず聴こうとしてくれる。
私は、混乱した状態に長く居過ぎて、優先順位を間違えやすい。
だから、
タイマーとか 砂時計とか、使うと良いかなと。
断酒会は、当事者の会で、
私は(アルコール依存症では無かったけど)
優先順位が分からなくなるという症状が出ている、ある種の依存症者で、
その 言いっ放し聴きっ放しの 当事者の会で、少しは救われたから。
理性で考えたら、
今の自分に 音楽鑑賞は そぐわない。
そのチケット代と交通費分のお金を持って、
古着屋に行けば、
ペラペラじゃない 冬用のコートを 買えるかもしれないし、
米(玄米)代にすれば、
1ヵ月分くらい備蓄しておける計算になる。
常識人なら、コートか米を買えというだろう
私を心配してくれる友人は皆、申し合わせたように常識人だから、
秘密にせざるを得ないのだが、
極寒の地に住んでる訳ではないから、なるべく厚着をしない方が、
自分は、(多少 辛くても)鍛えられて、季節に順応できて、
生物として強くなり、余裕が持てて大人になれるような気がする。
それに今は、備蓄米よりも、心の栄養補給が必要なんだよ!
なんて、
後で考えたことで、こじつけの言い訳。
満席で入場できなかったら、それがベストだ。
…などと考えて、予約を入れずに電車に乗った。
列車の通過を待つ間に、ホームから電話をしたら、
席があると言われ、
うれしいのか、かなしいのか分からなかった。
前に見たときは、学生さん風だったピアノ奏者が、
面変わりしていて タマゲタ。
その道で地道に何年も実績を積んで、30歳くらいになられたのだから、
貫禄が出ても当然だけど(時間の経過に愕然とした)。
オーナーと店長だけが ステージに立つ日を選んで、
ウェブ上に日記を残してきた。
最初は、
貧困ドキュメントと化していたサイトに、思いつくままに感想を書いただけ。
素敵だったけど、いつまた行けるか分からない。
うれしいのと悲しいのが混じった気持ちを書いた。
それが、検索エンジンに引っ掛かり、
ご本人(店長さん)の知るところとなった。
店長さんは優しいし大人なので、笑って下さったけれど、
(生活苦が滲み出た文章で、非常に恥ずかしい)
どうせなら、もっとマシな(?)言葉を書いて、
恥ずかしい(昔の)文章は、検索の圏外に沈めたいと思った。
そこで、
オーナーと店長の 名前と演目を、記事のタイトルにして(併記)、
電脳空間に、枝折りのように置いてきた。
先日 書いた 記事について、
(照明や、オーナーの十八番についての感想が…)
(デジャ ヴュ ?)
(何年か前に、まったく同じことを書いた気がする…)
半日くらい経過してから そう思い至ったが、
確認や推敲する余力は、もう残っていない。
何年経っても 同じことしか言えない(成長が止まった)自分で、
恥かしい文でも、
感謝を込めて、賛辞を記しておきたかった。
ただの ファンに過ぎない 自分には 無理だけど、
「価値あるものを きちんと 評価してくれる専門家」が いたら 良いのに…
素人と専門家の仲介をする人(評論家?)は、絶対に必要…と思う。