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ナミダカラ・ホシダカラ

異榻同夢(いとうどうむ)の友よ / 2015年4月11日~

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批判し、責めたてる者 = Satan

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パーソナルコーチ(加藤好洋さん)の講演(5月11日)のメモより

【潜在意識は ブレーキをかけている】
【悪い方に外すのが、成功法則】

 
…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
 
テレビのない私のアイドルは、
三笠宮 崇仁 親王(昭和天皇の末の弟)殿下だった。

それ以前の 私の皇室に対する認識は、
祈りの王(天皇)の一族で、税金で良い暮らしをしている人々。
…でしかなかった。

『天皇制は税金の無駄!』などと言う人に出会ったときは、
心の中で、
「戦後、昭和天皇が全国を旅して、国民に対面すること(巡行)がなかったら、人心の荒廃はもっと酷かった筈だが…」
と、思いつつ 黙っていた。

「祈りの王は、この国に必要なのです」
と、断言するには 私は 貧し過ぎた(説得力ゼロだった)し、
明らかに 着道楽の人も、皇室の中には 居た気がする。

(民の暮らしが 逼迫しつつあったときに)
祈りの力よりも、
ティアラや衣装の豪華さが伝えられる 祭祀王家の人々に対して、
あまり良い印象は無かった。
(食いしん坊だったので、N妃殿下の料理本を買ったりはしたが)

でも ある時、
三笠宮 崇仁 親王殿下の話を3日連続で聞き、  
(たまたま聞いたラジオで、その人柄に触れ)
たまたま応募した市民講座で、直に歴史を学ぶ機会があり、
皇室に対する私の考えは、変わった。

以前、別のブログに、
「雅子妃殿下は国母にふさわしい」とか、
「内親王殿下のティアラ、凄過ぎ」などと書いたのは、

自分には 何の期待も出来ないと思っていたので、
祭祀王家(皇室)の人達に 夢を見せてもらおうとしていたから。


潜在意識のブレーキが外れたとき、
他人に期待していたら 危ない…気がする。

期待が高じて、
批判したり 評価したり、…

悪意なく始めたとしても、
正義のつもりで 加速しているうちに、
歯止めが効かなくなり、クラッシュするかもしれない。
  
  
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