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ナミダカラ・ホシダカラ

異榻同夢(いとうどうむ)の友よ / 2015年4月11日~

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舌切り雀の里帰り

今年の早春(冬の終わり頃だったか?)
ホマレさんに贈るつもりで衝動買いしたのは、

何故か、結婚アドバイザーの書いたパートナー選びの手引書だった
美貌(華)と人望を備えている、そして、根が善良

そんな彼女には、最もふさわしくない(要らない)情報の本だろうと思い
渡さなかった。

華と人望と善良な心根を持っている彼女に
そのような本を渡しても、多分読まれないだろうと思ったし

迷惑に思われたり、気を遣わせるだけじゃなく
気分を害する可能性もあろうかと(私と違う繊細な人だから)

そんな恐れも感じて、お蔵入りにした。
(目に入らない所にしまった)

この恐怖心(警戒心)は、
心理アカデミーの先生と、深夜の電話センターの人から学んだ。

ブラックなことを考慮してなかった専門家の先生の指導のもとに、
生活圏内で心理アセスメントを試用したとき

(情報収集が目的じゃなく、使い方を学ぶための試みだから)
誤解したり、傷ついたり、不快に思う人が出ないように配慮した

にもかかわらず、情報収集目的と思ったらしい人がいて、
とてつもなく気まずい思いをしたが、貴重な学びだったと考えることにしている

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

舌を切ってしまった
刃物を舐めたりするからだ

懐紙のようなもので、刃の汚れを拭うべきところを
舌で代用するのが癖になっていた

懐紙や雑巾の類をもったいないと思い
自分の身体をボロ布同然に扱っていたので、バチがあたったのかも?
なーんてね

舌切り雀は、可哀想な目に遭ったけど、
帰れる郷里があるのは、うらやましいぞ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

人の心に寄り添う仕事の人は、
経験を積み重ねて勘違いしたら致命的だ

高みに登って、過去のモノサシで人をはかるのは危険極りないことだ
人はそれぞれ違っている、同じ人などいないのだから!

経験から培った想像力は、積み重ねず平たく並べて、自分はいつでも
海抜ゼロ(もしくはマイナス)の位置から動けることが望ましい

引き際を誤れば、死体が出現することもある
(自殺者や犯罪被害者を生み出しかねないということ)

先日、登山家の話に「はっ」とした
自分の死に方を想像して、それを回避すべく進路を決めると言っていた。

「死神に取り憑かれていたので、あなたを置いて避難していました」
その言い訳は、死神に取り憑かれているクライアントには通用しない

ともだち同士では、ありだ(許される)と思う
でも、言い訳が癖にならないように、リスク管理したいものだ

刃物を舐める癖が危険なように、
言い訳も、時と場合によっては壊滅的に危険だから
(もし万一、弱者に対して言い訳をすれば、取り返しがつかないこともある)











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自殺対策強化月間デス

傲慢のそしりには、私は慣れている
反骨(権威者の堕落や甘えに不寛容な姿勢)と 傲慢を 混同している人は多い

蟻地獄のような泥沼に落ちて、独力では助かる見込みが薄い
ズブズブと闇に引きずり込まれている

そのさなか、何とか声だけは出せるから 言葉を発しようとすれば
せめて被害者意識に陥るまいと思う余り、語気が荒くなることもある

その姿を『苦しみが足りないので、こいつは傲慢なのだ』
などと決めつける輩が、この世には存在する

1人の人間の 思考の中でも、
社会の中でも、

そーゆー輩の活動割合が 1割程度にとどまっていれば
その個人 あるいは、その社会は 健康でいられるだろうが

そーゆー輩が、増殖したり トップに立ったりして、
心や組織をほしいままに(攪乱)すれば、病んだ状態が出現する
 
************************************

治療家や、対人支援の専門家に、
人殺し(自殺者を増やす人)になってもらいたくない

そんなことを考えてた人間がここにいて、
自由に羽ばたく鳥さんと仮想空間で出会って

拙い動画が生れた
原因は嫉妬
善意の暴走
堕天使 退場









悪意の源泉は

かわねこ (Masahiro M)@kawaneko_m さんの
8月19日のTwitterからの引用(リツイートができないので)

「やすらぎの郷」の96-100話、未だにもやもやしている。性暴力を英雄的行為のきっかけのエピソードに使うなんてという憤慨はある。ただ、倉本の御大がそこまで無邪気だったとは思えない。むしろ慎重に作っている。ハッピーに一切落ち度がなく、被害を受けたのが偶然であることを強調している(続

承前)ハッピーが犯人たちと出くわしたのは、偶々帰りがいつもより遅れたからである。しかし、犯人たちの罠の掛け方は悪意のある計画的犯行である。しかも女性も共犯である。むしろ犯人グループの標的は一馬で、彼を待ち伏せしたように思えてならない。「××狩り」を無差別にしやすい場所ではない(続

承前:その3)普通の脚本なら「最近物騒になってる」という前置きの台詞や小道具が入る。しかし、96話の犯罪は唐突に起こる。ハッピーが無防備だったのではなく、犯罪者集団が気配を消していた。突然不特定の誰かを待ち伏せするのを思いつくには、人気がなさ過ぎる。施設に対する悪意を感じる。(続

承前:その4)第100話のカサブランカのシーンは確かに醜悪で、よくもまあこんな心ない台詞が繰り出されるものかと呆れたのだけど、では、何の落ち度もない仲間が理不尽な目に遭わされたと伝聞で耳にしたときあなたはどうするのか、菊村よりまともな言動ができるのかと喧嘩を売られたように感じる。


ーー引用ここまで。


ターゲットは浮世離れした施設で更生中の一馬で、
一馬を傷つけるために、施設の女の子を乱暴して わざわざそれを見せつけた、
ように見えたから、吐き気がした。

主人公よりマシな言動ができるのか?
出来るならやってみろ?
(喧嘩売ってたの?)
(視聴者に?)
(穏やかじゃないな…)

穏やかじゃない人の意図など、推理したくもない。
喧嘩腰で書いたエピソードなら、腑に落ちないこともないが、
そうだとしたら、動機は私怨?
だったら私は、無料動画という インターネットの上で、
のこのこ散歩してて、通り魔に遭ってしまった間抜けということか。






チラカル菌(妄想)

何かに寄生しても、
宿主と穏やかに共生する生き物もいれば、

昆虫や魚などの宿主を、
ホテルや乗り物として利用して、使い捨てにする(最後には殺す)
そんな生き物がいるのだから、

人間に寄生する細菌の一種に
〔散らかす菌〕がいても 不思議じゃない気がする。
100% 私の妄想だけど。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この菌が取り付いても、
48時間以内(?)に 洗い流せれば、問題は起きない。けど、
迂闊にも寄生させてしまい、その菌の温床と化してしまったら笑えない。

その人は、
結婚には 適さない人(家族を作ったり、維持するのが困難)になる。

身辺に物を集めて、積み上げたり 詰め込んだりして バリケードを築いたり、
刺激物の中毒になったり、
現実の世界ではなく、架空の物語世界を大切にするようになってしまう。

良いニュースや、人からの好意にも、
心が洗われなくなり(チラカシ菌の餌として消費されてしまい)
坂道を転がり落ちていくように 人生が暗転してしまうこともある。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昔、テレビが自由に見られなかった頃、
たまたま見たドラマのセリフが、逃げ場のない自分に何か(光?)を灯した
ような記憶がある。
 
貧しいが才能豊かな踊り手が、
『あなたにとってバレエとは?』と問われ、
「美しいものを美しいと言う心だと思います」と答えてた。

その主人公にゆかりのあるダンススクールが、職場(派遣先)の前にあって、
入門を許されて(子どもに混じって)通ったのも、もう昔話だが、

自分を大切にしたり、綺麗にすることに 抵抗があり過ぎて、
数年で止めてしまったけれど、挑めたことは嬉しかった。

ロウソク程度でも、人の心に灯がともることが…
作り話(詩歌、小説、ドラマ、映画など)に 触れることで、あり得る。
だから表現を生業にしている人は、どうしても期待されてしまう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この夏は3週間程、
インターネットで無料で見られる 連続ドラマを見てしまい、時間を浪費した。

高齢ながら上品で美しい元宝塚の女優さんを見たかった。
それは眼福だったのだけど、

チラカス菌が 今、私の中で猛威を振るっている。
現実の世界を倦み、架空の世界に引き籠りたい思いに 苛まれている。
(溺れるまで刺激物を買える金銭は無い)
(バリケードで守りたいような 自分がいる訳でもないが)


先生と呼ばれる主人公(脚本家?)が、
特攻隊(最悪だけど、戦闘員だけを狙った戦闘行為)のことを、
『ただの自爆』と決めつけたナレーション。
『イスラム過激派の自爆テロと同じ』などと言う。
非戦闘員を殺傷する無差別殺人者と、憂国の戦闘員を同一視するなんて、
冗談でも許せる話じゃない。(英霊に祟られても知らんぞ)


高倉健をモデルにしたようなT氏と その友人N氏が、仇討を終えて言うことが、
(老醜を表現したいのか? 作家として後輩に物申したいのか? 分からない…)
T『デモネェ 私ハ アイツラガ 許セマセン アイツラハ』
T『私ノ 顔ヲモ 知ランノデス』
N『映画モ テレビモ 勉強シテマセンヨ アイツラア』

は?
え?

映画やテレビは、普通の人(関係者以外)にとっては、純然たる娯楽なのでは?
勉強しなきゃイカンものじゃなかろう?
 
高倉さんは、そんな勘違い発言は、絶対にしないでしょう。
(高倉氏のこと、詳しくは知らないが、何となく…)
良いイメージに繋がる貴重な偶像が、
間接的にだけど冒涜されたようで不快だ。


アイドル的な娘さんが、集団暴行に遭っても数日で復帰し、笑顔を振りまく。
そんな、
現実の世界では 絶対にあり得ないことも、お伽の国の出来事なら 仕方がない。
理想のアイドルとは 極端に言えばそのようなもの。
(アイドルには 自我など無いに越したことはない。だから「初音ミク」は無敵)

理性はそう言うのだが、…
感情は、全然 割り切れない。
 
初音ミク(実際に エゴが全然ない 機械人形)が 物語の中で蹂躙されても、
私は多分、落ち込まないだろう けど、

生身の人(意思や感覚、感情を持つ存在)が 演じる被害者など、見たくない。
それは、かつて自分の身に起きた記憶が甦り 不快な連想が始まってしまうから。
知人に笑われたこととか、法律家や警察官の発したゾッとする言葉とか、
拡大解釈された自己責任論とか、嘘八百の弱肉強食論とか、…

『忘れなさい』?
『皆さんも忘れてやって下さい』?

良いことも悪いことも、前世の報いと信じているような人なら、
案外、初音ミクのように 淡々と生きられるかもしれない。

でも私は、前世があることを前提に 人間を見たり考えたりしたくない。
そんな眼で物事を判断したら、人に対して私は優しい感情を持てない気がする。

生身の演者(若い娘さん)を あたかも、初音ミクを 舞い踊らせるように、
人形の如く(善良で健気で葛藤とは無縁な存在として)あしらっていたドラマ。
  
悪い奴は、いつ どこに現われるか 分からない、気を付けろ?
警鐘を鳴らしたつもり?
 
『忘れろ』と言いながら、
PTSDに 苦しんでいる人間が見たら、症状が悪化してしまう表現だった。
 
しかも 犯罪者予備軍が見たら、
『もっと計画を練って 逃げ切れ という教訓か?』と 思うような展開だった。

のどかに登場人物に感情移入していた人の中には、
面前DVの 被害者と同じように、衝撃(痛み)を感じた人もいたのでは?
 
暴力に遭っても身内には隠し通して、忘れたつもりで生きてる人は多いはず。
(普段の私が そうであるように)
それをいいことに 暴力を正当化する(認知の歪んだ)輩が調子に乗って、
徒党を組んで(囮の女まで用意して) 犯罪を繰り返すようになり、
被害者 続出で 目も当てられなくなった(社会の秩序が 危うくなった)から、
厳罰化も進み(先月からは)性犯罪が、親告罪では なくなりましたよね?

リンチで制裁を加えて、おしまい…?
それって法治国家じゃない(人治国家だ)よね。

力で押さえつけられて致命傷を負ったら、もう悪事はできない?
(動きが決まっている将棋の駒じゃあるまいし)

あのドラマの世界(日本に似た国)では 時計が逆さに進んでて、
歴史を遡って、ハンムラビ王国 以前の
無法地帯なのか?(勝手に仲間が、復讐して良い世界なのか?)
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もう〔チラカル菌〕が、増えること増えること。
宿主の私は、吐き気が治まらない。
次回のフィールドワークには、参加できないかもしれない。

テレビのドラマは、今の私には、
チラカシ菌の餌になってしまうから、見ない方が良さそうだ。




 
 
 
  

 

 

 

ユキと空

昔話だが、
ホラー作家でもあった山岸涼子さんの「テレプシコーラ」は、
本当に怖かった。

「チカちゃんのこと、ごめんね」と、片隅に書いてあった。
作家さんにも葛藤があるのだと、…
作品の中で命を奪うことに、痛みを感じているのだと知って、
少し救われた気がした。

主人公の少女ユキが、貧乏な同級生クミに、
自分の予備のレオタードを譲渡しようとして、怒りを買う場面がある。

対人支援を志望する人、特に、
福祉系の学校で学ぶ人は、卒業するまでには、
あのときの クミちゃんの気持ちを察知するセンサーは、備えたいところ。

福祉の学校で学ぶ幸運に浴して、生徒同士で話をして、
(自分自身が 困窮した状態にあることは、言わぬが花で)

善意の塊のような人から、
何故か(もともと損なわれている) 尊厳を踏みつけられた、
ような、気が、する 心境に、陥ったとき の ことを 思い出した。…
(問題は 相手になく、自分にあるのは 分かりきったことなのだが)

福祉の精神とは、そのような
尊厳にかかわることじゃないのかな?…と、思えてならない。